
機能性ディスペプシア(FD)の第一選択薬として、胃酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬、H2受容体拮抗薬)、消化管運動機能改善薬(アコチアミド)、漢方薬(六君子湯)が推奨されています。 しかし、これらの薬剤を4週間程度使用しても症状の改善がみられない患者さんが一定数存在するのが現実です。
参考)https://www.jsge.or.jp/committees/guideline/disease/pdf/fd_2023.pdf
実際の臨床データによると、H2受容体拮抗薬(ファモチジン)の有効率は約65%、5-HT4受容体アゴニスト(モサプリド)の有効率は約58.5%という報告があります。 つまり、3〜4割の患者さんは第一選択薬だけで十分な効果が得られないのです。
参考)https://neuro-g.umin.jp/neuro-g/publication/4-kai_PDF/0801-12ootaka.pdf
なぜ薬が効かないのでしょうか。FDは単一の原因で発症する疾患ではなく、以下のような複数の要因が複雑に絡み合っています。
これらの要因のうち、どの要素が主要な原因となっているかは患者さんによって異なります。そのため、画一的な薬物療法だけでは対応しきれないケースが生じるのです。
FDが薬で治りにくい根本的な理由の一つに、「自律神経の乱れ」が挙げられます。 胃腸の働きは自律神経によってコントロールされており、ストレスや生活習慣の乱れによって自律神経のバランスが崩れると、胃の運動機能が低下し、食べたものを十二指腸へ送り出す動きが弱くなります。その結果、胃もたれや早期満腹感などの症状が現れます。
参考)なぜ機能性ディスペプシアは薬で治りにくいのか?自律神経専門院…
さらに注目すべきは「脳腸相関」の存在です。脳と腸管は双方向に密接に関連しており、心理的ストレスが消化管の運動や感覚に直接影響を及ぼします。 不安や抑うつ症状、生育期の被虐待歴などを背景にして、胃や腸の運動・感覚に変化が生じることが明らかになっています。
臨床研究では、酸分泌抑制薬や消化管運動機能改善薬が無効のFD症例に対し、3環系抗うつ薬(塩酸アミトリプチリン)を投与したところ、82.3%に有効であったという報告があります。 特に、運動不全型・潰瘍型の患者さんに対して効果が顕著でした。3段階治療(H2RA→5-HT4アゴニスト→3環系抗うつ薬)を通した有効率は94.0%に達しています。
この結果から、FD患者さんの中には、心理テストでは異常の認められない軽症のうつ状態の症例が少なからず含まれている可能性が示唆されています。 抗うつ薬の効果機序としては、消化管粘膜の知覚閾値上昇作用や弱い抗コリン作用に加え、脳腸相関を介した心理的効果も関与していると考えられます。
日本神経消化器病学会の発表資料「Functional dyspepsiaの治療戦略」では、3環系抗うつ薬を用いた2段階・3段階治療の有効性について詳細なデータが示されています。
一般的に、機能性ディスペプシアでは1〜2か月、同じ薬剤を使用しても症状に改善のない場合には、他の薬に変更します。 第一選択薬が効かない場合、第二選択として以下の薬剤が検討されます。
参考)https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/zpx5acgea
抗不安薬や抗うつ薬を服用することで、不安や抑うつが改善し、それに伴って胃の調子もよくなる可能性があります。ただし、これらの薬剤は精神科領域の薬物であるため、使用に際しては医師の適切な判断と説明が必要です。
いずれの薬物療法も効きづらい「治療抵抗性」の患者さんもおり、必要に応じて心療内科などとの連携が必要となります。 心療内科では、薬物療法に加えて、認知行動療法やリラクゼーション法などの心理的トレーニングが行われることもあります。
重要なのは、FDの治療は「症状が完全に消えること」を最初から目指すのではなく、「今より少し軽くなること」を目標にすることです。 焦らずに、医師との信頼関係を築きながら、根気よく治療を続けることが大切です。
あまり知られていない事実として、FDとピロリ菌感染の関係があります。 ピロリ菌に感染している患者さんでは、除菌治療を行うことで症状が改善するケースがあります。これを「ピロリ関連ディスペプシア」と呼び、本来のFDとは区別して考えます。
ただし、除菌治療によって胃からピロリ菌がいなくなっても、消化管の炎症が落ち着くまでには時間がかかります。そのため、除菌後すぐに症状の改善がみられないこともあります。除菌治療の効果判定は、半年から1年経って、消化管の炎症が落ち着くのを待ってから行う必要があります。
この期間を待たずに「薬が効かない」と判断してしまい、適切な治療が遅れてしまうケースが少なくありません。ピロリ菌の除菌治療を受けた方は、少なくとも半年間は経過を観察し、その後に症状の改善を評価することが推奨されます。
日本消化器病学会の「患者さんとご家族のための機能性ディスペプシアガイド2023」では、ピロリ関連ディスペプシアとFDの違い、除菌治療後の経過観察の重要性について詳しく解説されています。
薬物療法と並行して、生活習慣の改善はFD治療の重要な柱です。 睡眠不足、運動不足、不規則な食事時間、かたよった食事内容などが症状を悪化させる要因となります。
具体的な改善ポイント。
食事では、ゆっくり何回も噛み、腹八分目に調整することも重要です。 生活習慣を整えることで、自律神経の働きが安定し、症状の改善だけでなく、再発予防にもつながります。
参考)機能性ディスペプシアの処方薬が効かない。別の病院へ行くべき?…
FDは、治療して症状がなくなった後でも、数か月の間に5人に1人くらいが再発するとされています。 仕事や学業などの環境因子や季節性など、症状が出るきっかけとなるストレスが明らかになっている患者さんでは、それらのストレスをできるだけ少なくする、あるいはストレスの受け止め方を変えるなどの予防策をとることが勧められます。
日本消化器病学会のガイドラインでは、FD患者さんの生活習慣改善の具体的なアドバイスがまとめられています。
FD患者さんでは、他の機能性消化管疾患を併存しているケースが少なくありません。 具体的には、以下の疾患が10〜50%の患者さんに認められることが知られています。
また、うつや不安などの気分障害や神経症性障害もしばしば併存します。さらに、FDと診断される患者さんの中には、胆のうや膵臓の病気が隠れている場合もあります。
これらの併存疾患を適切に診断・治療することで、FDの症状も改善する可能性があります。症状があまり変わらない場合には、同じ医療機関にかかり、今までの検査結果や経過を考慮して、薬の調整や具体的なアドバイスをしてもらうことが重要です。
機能性ディスペプシアで薬が効かない場合、その原因は単一ではありません。自律神経の乱れ、脳腸相関、生活習慣の要因などが複雑に絡み合っているため、薬物療法だけでは対応しきれないケースが生じます。
効果的な治療には、以下の多角的アプローチが不可欠です。
「薬が効かない」と感じたら、まずは医師に相談し、治療方針の見直しを検討しましょう。焦らずに、根気よく治療を続けることで、多くの患者さんが症状の改善を実感しています。
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