あなたが先にブドウ糖を打つと脳症を悪化させます。

慢性的な飲酒は、腸管粘膜の障害と肝機能低下という二重のダメージをもたらします。この結果、食事から摂取したビタミンB1が体内にうまく取り込まれなくなるのです。
参考)https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282680678585216
さらに厄介なのは、アルコールを分解する過程そのものにビタミンB1が大量に消費される点です。つまり摂取量が同じでも、飲酒習慣がある人ほどB1が不足しやすいということですね。
参考)お酒をよく飲む人はビタミンB1不足にご注意!|がんばるあなた…
医療従事者としては「サプリを飲んでいるから大丈夫」という患者の自己申告を鵜呑みにしないことが重要です。腸からの吸収率が健常者の半分以下に落ちているケースも珍しくありません。この吸収障害を把握したうえで栄養指導を行うと、対応の精度が大きく変わります。
ウェルニッケ脳症は、ビタミンB1不足によって脳幹部に微小な出血が生じ、意識障害・眼球運動障害・歩行失調などが急激に現れる疾患です。発症原因の約半数がアルコール依存症とされています。
古典的な三徴(意識障害・眼振・失調性歩行)がすべて揃うのは全体の約1割程度にとどまるという報告があります。つまり典型症状を待っていると、発見が遅れるリスクが高いということです。
見逃されて治療が遅れた場合、死亡率は10〜17%と推計されています。さらに死亡を免れても56〜84%がコルサコフ症候群に移行し、記銘力障害や作話などの後遺症が残ります。痛いですね。この数字だけでも、早期のB1補充がいかに重要かが分かります。
ウェルニッケ脳症の治療では、静脈注射で1日500mgを3回、これを2日間続けたのち、さらに5日間は1日500mgを投与するという高用量レジメンが推奨されています。市販のビタミンB1サプリに含まれる量(数mg〜数十mg程度)とは桁が違います。
Wikipediaで紹介されている一般的な治療例でも、数日間は1日1000mg前後を静脈注射し、その後は経口で1日150mg程度を継続するとされています。サプリの常用量ではとても届かない領域だということですね。
「サプリを飲んでいれば予防できる」という考え方は、通常の食事性欠乏には有効でも、重度のアルコール依存症患者には不十分な場合があります。予防目的でのB1補給と、発症後の治療用量はまったく別物として扱う必要があります。
低血糖を伴うアルコール多飲者への対応では、ブドウ糖投与とビタミンB1投与の順番が極めて重要です。いわゆる「Do DON'T」の原則で、ブドウ糖(dextrose)投与前にビタミンB1を先に入れることが基本です。
参考)医学界新聞プラス [第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰…
これを誤ってブドウ糖を先に投与すると、糖代謝が急激に進んで体内に残る乏しいB1が一気に消費され、潜在していたウェルニッケ脳症を顕在化・悪化させるおそれがあります。どういうことでしょうか?要するに「良かれと思った処置」が引き金になるケースがあるということです。
この順番の徹底は、救急外来や内科病棟で働くスタッフ全員が共有しておくべき知識です。院内マニュアルへの明記や、電子カルテのオーダーセットに投与順を組み込んでおく運用も一つの対策になります。確認するだけでリスクを大きく減らせます。
ウェルニッケ脳症というとアルコール依存症のイメージが強いですが、実は原因の半数はそれ以外にあります。悪性腫瘍、消化管手術後、重症のつわり(妊娠悪阻)なども、チアミン不足を起こしうる要因です。
非アルコール性の患者では、アルコール性とは異なる症状パターンを示すことも報告されています。「お酒を飲まない患者だから大丈夫」という思い込みは危険だということです。
栄養状態が悪化しやすい術後患者や妊婦のケアにあたる際も、B1不足の可能性を念頭に置いた問診が求められます。特に長期間の絶食や嘔吐が続く症例では、早めに血中チアミン濃度のチェックを検討する価値があります。
ウェルニッケ脳症の症状進行と治療の全体像がわかりやすくまとまっています